暴力は、本能であるという大嘘。
躾にはお尻を叩くことさえ必要ない
こどもに躾する際、叩いてもこどもの行為を更生させるための何の効力も持たないという実験結果があります。なんと16万人のこどもを対象に50年間かけて行われた研究結果なのだそうです。
まぁ暴力はもってのほか、平手打ちしたところで子育ての上で全く効果は見られないそうで、躾の上にこどもを叩くことが正当化されるべきものではないということが明確になった訳ですね。
カッとなるのは防衛本能なのだから、しょうがないよと片付けしまうのも間違いであることがわかってきています。長い間、暴力は人間の本能の一部だと信じられてきた節がありますがこの考えそのものも見直されつつあります。
縄文時代は“平和”だった 暴力死亡率は1.8% 「戦争は人間の本能」は誤り(参照)
全てのハラスメントの終焉のために
ただ、「はい、暴力反対!」というほどこれは単純な話ではありません。暴力は抑圧することで見えない場所に潜り込んでしまう可能性があるし、そもそも暴力はコントロールが効かないという性質を持っています。
何度かここでも書いてきましたが意識されていない価値観の枠組みから、普段の行動、決断、思考が決定付けられています。つまり、自覚がない、もしくはわかっているけどコントロールが効かないのです。さらに物理的に叩かなくても私たちには、脳科学者池谷氏も指摘する通り進化しすぎた脳があります。
つまり、コミュニケーションによる暴力というのが存在しえます。言葉による暴力だけでなく、目つき、態度、声色などノンバーバルコミュニケーションで平手打ちに値するほどのエネルギーを作り出すことは難しくありません。そして、これは私も受けたことありますが「無視」というコミュニケーション。過度であるかもしれないことを承知で言えば、存在をなきものにするって相手を殺していることにもなります。ネグレクトは虐待の中でも最も深い絶望感が刻まれます。そして、暴力を受ける可能性のある側が強くなりましょう運動?!にも限界があります。
それでは一体どうしたらいのか?
「暴力」ってその字のごとくエネルギーが暴れちゃっている訳ですね。そこで、アンコントロールでとてもとてもパワーのあるこのエネルギーを変容させて再利用できるとしたら。どうでしょう。
あっ、それから大事なことをもう一つ。対相手だけでなく、自分に対しても無意識で暴力を使っていないかという視点も大事ですね。毎日、毎瞬、自分を責めたり、自分の声を無視していたら疲弊しちゃうのも無理はありません。
もとい、暴力的なエネルギーをピュアなエネルギーに変容させて自分が元気になるために再利用するとそういう人は、誰かのエネルギーを搾取するために戦う必要は無くなりますよね。多くの人々のエネルギーが満ち満ちてきたら暴力って生き延びるために必要な行為ではないんですね。
来年2018年1月から始まる勉強会はすでに満席になってしまいましたが、2018年は自分のエネルギーをどう変換させるかを本当に意識することをお勧めします。ここでブログを読んでくださる皆様にも地球にも、そして自分にも優しく、明るく、楽しく、なる気持ちでいつも記事を書いています。できれば大量に広告費をかけるマーケティング的な広がりではなく、優しいエネルギーで広がって行きたいなと思っています。
上記は、2017年ニュースレターの一部を加筆・修正したものです。あくまでも個人の見解です。